「人の痛みなんてどうしたってわからない。だけど高校生に話をする中で、どこか共感できる瞬間があるかもしれない」コンポーザーインタビュー:池田歩さん
通信制・定時制高校の高校生に人とのつながりをつくる授業(クレッシェンド)を届けているD×P(ディーピー)。授業のなかで高校生と対話するボランティアがコンポーザーです。不登校経験がある方、いろんな仕事を経験している方、家庭がしんどかった方、世界一周した方、ずっと悩みながら生きているという方など、職業も経験も背景も様々な方が参加してくださっています。
コンポーザーとは?
20歳~45歳の経験も背景もバラバラな大人たち。高校生に何かを教える立場ではなく、否定せず関わることを大切にしています。compose(コンポーズ)は、『構成する』という意味をもつ言葉です。コンポーザーとは、D×Pの取り組みに参加し、プログラムを一緒につくるメンバーという意味を込めています。
今回は、普段は精密機メーカーで営業として働くコンポーザーの池田歩(いけだあゆみ)さんにお話をうかがいました。
今井さんが私の家族にしてくれたようなことを、私も他の高校生にできるのかなと思いました。
D×Pスタッフ:池田さんがD×Pを初めて知ったのは、どういうきっかけだったんですか?
池田さん:最初のきっかけは、ある講演に行きたかったんですけど、仕事で行けなくなってしまって。そのイベントについてインターネットで調べていたら、偶然、D×Pの代表の今井さんがあるWEBサイトで何かコメントされていたんです。
何と書いてあったかは全く覚えていないのですが、熱いものが伝わってきたことは覚えています。今井さんについて調べてみると、大阪でNPOをしている人だということを知りました。
通信制高校の存在に興味がわいたこともありましたが、その当時、私の家族が学校に行っていない状態で。この状況をどうしたらいいだろうかと思っていたので、とりあえず今井さんの話を聞きに行ってみようと講演に行きました。
講演では、今井さんの過去のお話も衝撃だったんですけど、通信制高校が抱える課題についても驚きでした。当たり前のことですが、しんどい思いをしている子は自分の家族だけじゃなく世の中にたくさんいるんだと知りました。
その時期は私もすごく悩んでいたので、講演が終わった後、今井さんに自分と家族が抱えていることをたまらずに話していました。誰にもどこにも出せなかったので感情が止められなかったのを覚えています。
そのあと今井さんがすぐに家族とも会って、通信制高校を紹介して見学に連れていってくれたんです。今井さんに出会ってから1ヶ月くらいの中で状況が大きく変わりました。
D×Pスタッフ:そんなことがあったんですね。そこから、どうしてコンポーザーになってくださったんですか?
池田さん:状況を変えてくれた今井さんにお返しをしたい気持ちもあったし、私自身も仕事と自宅の行き来しかしない生活に息苦しさを感じていて、外のつながりも欲しかったのでやってみようと思いました。
コンポーザーは、家族でも学校でもない第三者の存在だけど、家族にできることと、学校にできること、第三者にできることって違うと思います。家族だけで抱えて、限界がきて壊れるよりも、第三者だからこそほぐせることがあると実感しました。
第三者だった今井さんが私の家族にしてくれたようなことを、私も他の高校生にできるのかなとも思いました。
「自分も同じような経験をしてるんだけど、話を聞いて頑張れそうって思いました」と言ってくれた
D×Pの基本3姿勢とは「否定しない 」「年上/年下から学ぶ 」「様々なバックグラウンドから学ぶ」の3つ(2016年3月当時)
2019年度より、これまで大切にしてきた姿勢を受け継ぎながら「否定せず関わる」「ひとりひとりと向き合い、学ぶ」の2つにアップデートされています。
10代と関わるときに大切にしている姿勢
「否定せず関わる」「ひとりひとりと向き合い、学ぶ」の2つの姿勢です。あらゆる可能性を見つめ潰さずに、ひとりひとりと対話するために、
わたしたちはこの姿勢を大切にして10代と関わっています
D×Pスタッフ:クレッシェンドに初めて参加された時はどんな感じでしたか?
池田さん:最初は結構軽い感じでした(笑)
私は小学校5年生の時に鍵っ子だったので、私塾のようなところに通っていて。お寺でちゃんばらをしたり、山に登ったりしていました。そこは大人と大学生が運営していて、大人との関わりはとても刺激的でした。それが私自身の安心感にもなっていたという原体験があったので、クレッシェンドに参加する時も、「特別何かしなくても大人と話せること自体が高校生にとっては楽しいんじゃないかな」と思っていました。
D×Pスタッフ:クレッシェンドに初めて参加された時はどんな感じでしたか?クレッシェンドの全4回の授業のうち、1、2回目の最初の頃の授業では、高校生もコンポーザーさんもお互いに緊張していることが多いので、「軽い感じ」という池田さんの感想が、ちょっと意外でした。
池田さん:そうですね。ただ私の場合は、初めて参加した授業が終わった後に、マスクをした女の子が「自分も同じような経験をしてるんだけど、話を聞いて頑張れそうって思いました」と言ってくれたんです。それで「一緒に頑張ろうな!」とか言い合って(笑)
次の授業ではマスクを外して参加してくれました。私にとってはその経験が大きかったと思います。
D×Pスタッフ:全4回の授業を終えられて、池田さんはすぐに次のクレッシェンドにも参加されていますが、次に参加されたクラスでは何か意識が変わっていたりしましたか?
池田さん:意識は変わっていましたね。最初の頃は自分の立ち位置やスタッフとの距離感も分からなくて、授業で何をするのかもよく分からなかったから、ぶっつけ本番みたいな感じで授業に行っていました。
でも他のコンポーザーさんの様子を見ていると、高校生に話すときの資料を作り込んできていたり、授業後の振り返りの時間には「この子にはこうしゃべろう」と生徒一人ひとりへの対応の仕方を考えた発言をされていたりしていた。
自分もこのままではあかんなと思って、せめて授業に向かうときの電車の中では授業と高校生一人ひとりとの接し方を考えてから行くようにしました。
目の前の人はどんな「人」なのかを想像しながら関わる。本来は人ってそういうふうに見て、関わると良いんじゃないかな。
D×Pスタッフ:池田さんご自身が、高校生から学んだことがあれば教えてください。
池田さん:それはもうたくさんあります。ほんとに。
普段の仕事では「多角的にその人を見る」ということはしなくて、その人を一面的にしか見ません。「仕事での顔」しか見ないんですよね。その人が家族の前でどんな様子なのか、どんな家族がいるのかなんて想像する時間もない。
だけど高校生と関わる中では、その子が例えば不登校になった背景があるはずで、それに思いを巡らす時間があります。それを直接生徒に聞くことはありませんが、その高校生の家庭環境や友人関係などを想像しながら接していきます。
本来は、人ってそういうふうに見て、関わるとより良いんじゃないかなと思います。例えばこの子は話を聞くのがすごく上手いなとか、その人のありようや人間性を見るというか。
そうやって人と人が関わりあうことができれば、D×Pの目指すビジョンに近づけるのかなと思っています。それを自分がクレッシェンドの中で体現することは、その第一歩になるんじゃないかなぁって。
池田さん:クレッシェンドは「そこに存在するだけでいい」と高校生に伝えているような場だと感じます。でもやっぱり、高校生たちが卒業して社会に出たらきれいごとだけでは済まないこともたくさんあるわけで、本来はそういうことにも耐えうる力を付けてもらえたら良いのだろうなとも思います。ジレンマを感じますね。
このクレッシェンドでの一瞬の時間は素晴らしかったし、この素晴らしい時間が少しでも高校生一人ひとりの糧になっていれば良いんですけど、卒業後もずっと高校生に伴走してあげられるわけじゃないし…。
でも、「そこに存在しているだけでいい」という経験がないよりは、あったほうがいいだろうと思います。
授業後に公園でコンポーザー同士で話し合って、D×Pのスタッフさんに「もっとこうしてほしい、こうしてもらえればもっと良くできる」と長いメールを送ったこともあります(笑)
ユメブレとは、それぞれの「ユメ」をクレヨンで画用紙に描き、発表するワーク。 D×Pでは「ユメ」の定義を 「ちょっと好きなこと、やってみたいことも、全部ユメである」としている。「将来こんな仕事がしたい ! 」といった大きな目標から、「こんなところに行ってみたい」というようなやりたいこともどれも「ユメ」です。
D×Pスタッフ:他のコンポーザーさんとは、どんなふうに関わっていましたか?
池田さん:私は、最初に参加したクラスではコンポーザー同士のつながりが強くて、ひとつの“チーム”だったように思います。
「チームで連携して、このクラスと向き合おう」みたいな意識が自然とありました。
D×Pスタッフ:すごいですね!“チームになる”ってなかなか難しことかなと思うのですが、どうしてそんな“チーム”になれたんだと思いますか?
池田さん:なんでだろう(笑)できなかったことも含めてお互いに話していたからかもしれません。
「今日の授業では○○ができなかった」と話したり、年上のコンポーザーさんが私と目線を同じにして他の人の良いところを言い合っていたり、大学生のコンポーザーさんは「これが難しい」と正直に言ってくれたり…。
ある授業では振り返りの時間が足りなくて。授業後に公園でコンポーザー同士で話し合って、D×Pのスタッフさんに「もっとこうしてほしい、こうしてもらえればもっと良くできる」と長いメールを送ったこともあります(笑)
D×Pスタッフ:D×Pスタッフとしては本当にありがたい話です(笑)そうやって主体的に授業に関わってくださったというのは、すごいことですね。
池田さん:私は授業前にD×Pスタッフが言っていた、“コンポーザーの空気がクラスの雰囲気を作る”という言葉にとても納得して。“生徒と仲良くなれなくても、コンポーザーさんとは絶対に仲良くなろう”と思っていました。
その場が温かかったら生徒も来てくれるだろうけど、冷たければ来たいと思う子はいないだろうし、同じクラスのコンポーザーさんと信頼しあえる関係でいたいと思ってました。もちろん、どうしても合わない人はいると思いますし、無理に近づこうということではないんですが。
残念ながら大人になったからって楽になるわけではないけど、「でも私はこうやって頑張ってるよ」って、高校生と同じくらいの目線で伝えられたらなと思います。
D×Pスタッフ:池田さんはクレッシェンドに3回参加してくださいましたが、振り返ってみて、いま思うことはありますか?
池田さん:クレッシェンドは“生もの”だなと思います(笑)例えば最初に参加したクラスで何か上手くいったとしても、それが他のクラスでも上手くいくわけではない。自分の状態も違う。そういう意味では、クレッシェンドに対する意識は毎回変わっています。
今は、最初みたいに高い意気込みはあまりないけど、落ち着いて高校生と向き合えるようになった感じがします。クレッシェンドには特に場の空気や人の心の動きに敏感な子が集まっていると思うので、なるべくみんなが不快にならない、心地良い場になるようにしたいです。
ただ、難しいなと思っているのは、生徒に関わる「さじ加減」というか…。例えば私が「生徒に変わってもらいたい」と思うことはその子にとって不快かもしれないし、でも逆にその子は「変わりたい」と思っているかもしれない。そこの見極めが難しいです。
池田さん:ある時、クラスの中で全然話そうとしないように見えた高校生がいました。そうしたら1人のコンポーザーさんが「そのTシャツ良いね!」とか、すごく積極的にその子に話しかけていくもんだから、私は「(そんなに積極的に行ってしまって)大丈夫?!」と思って見ていたんですけど、その時にその子がはにかんで笑ったんですよね。その後はだんだんと口を開くようにもなって。私の話に対して共感してくれたり、「僕はそうは思わない」と自分の意見を言ってくれたり…。
彼がクラスにいた全員と話せるようになったわけではないですが、「自分のことを話してもいい場だ」という空気は伝わっていたと思います。
積極的な問いかけが苦手な生徒もいるかもしれないから、最初の見極めはやっぱり難しい。けれど、この生徒に関しては、最初にその子と話してくれたコンポーザーさんのかかわりが大きかったと思います。
“人に対する垣根”が下がるのは見ていてとても嬉しいです。いじめられた経験や、人に関して嫌な思い出があると、そのハードルが高くなってしまうと思うんですけど、それがクレッシェンドで少しずつ下がっていけばいいのかなぁって。
あと、クレッシェンドで関わる生徒との関係は、良い意味で“無責任な関係”というか、家族のような近い関係の人と話すよりもラクだなぁって感じます。
“会いたくなければ会わなくていい”くらいの関係性だからこそ話せることがあるんじゃないかなと思います。
私自身も関係が近いと逆に話せなかったり、レッテルを貼られたくないから近い人には話さない面もあります。
コンポーザーと高校生の関係は、「色々あるけど一緒に頑張ろうよ」という感じというか。残念ながら大人になったからって楽になるわけではないけど、「でも私はこうやって頑張ってるよ」って、高校生と同じくらいの目線で伝えられたらなと思います。
「もしかしたら5年後は大丈夫かもしれない」と、自分の存在自体が高校生の希望になるかもしれない。
D×Pスタッフ:最後に、今後どんな人にコンポーザーになって欲しいと思いますか?イメージがあれば教えてください。
池田さん:変な人がたくさん集まるのはどうですか?(笑)いや、コンポーザーにはいろいろな人がいたらいいかなと思って。高校生に「自由でいいよ」ということが伝わるような。
大人だってレールから外れたり、一旦休憩していたりする。傷だらけでも“今”を生きている人が素敵だなと私は思います。傷や問題を内包しながら、それに打ちのめされる日もあり、でもちょっと楽しい日もあるような人に私は魅力を感じます。そういう人って日々ちゃんと自分と向き合っているから、出てくる言葉がすごい愛情深くて、他者への思いやりが感じられる。そんないろんなものを抱えた人たちがコンポーザーなら、高校生にも「きっと大丈夫だよ」って伝わるんじゃないかなと思います。
とはいえ、人の痛みなんて、どうしたってわからない。全く同じ経験をしている人なんて存在しないし。だけど高校生に自分の話をする中で、どこか共感できる瞬間に出会うこともあるかもしれない。その瞬間に出会うためには、やっぱり自分の「過去の痛み」を掘り起こして、それを伝えることが必要なんだと思います。
コンポーザーは、自分の辛かった経験を棚卸しして、さらにそれを高校生にわかるように伝えるということをしますが、それは必要な作業なんだと思うんです。私もその作業はしんどかった。
でも時間が経って改めて自分の経験と向き合ってみると、新しく見えてくるものもあるし、それを伝えてあげると、高校生にも「もしかしたら5年後は大丈夫かもしれない」と思ってもらえて、自分の存在自体が彼らの希望になるかもしれない。
あとは、高校生に対して「自分と向き合う作業につきあってくれて、ありがとう」と思います。高校生にとっては別に何の関係もない大人の経験の話を、聞いてくれたということになりますから。
本当に、これまで授業で出会った高校生一人ひとりに、「ありがとう」と思っています。
D×Pスタッフ:お話を聞かせていただいて、ありがとうございました。