あなたも、わたしも、みんなが持っている権利の話。社会福祉士・横山北斗さんに聞く「社会保障制度ってなんですか?」
怪我や病気で働けなくなってしまったり、家賃が払えなくなってしまったり、予期せぬ妊娠を経験したり、自然災害に見舞われたり……
そういった「人生のピンチ」は誰しもに起こりうること。自分の力だけではどうにもならない、という局面で私たちを助けてくれるのが、社会保障制度です。でも、この社会保障制度について皆さんはどれほど知っていますか?
「『あのときにもしこの制度を知っていれば』と後悔する人を、少しでも減らしたいんです」
社会福祉士の横山北斗さんは、そんな課題意識から2022年に『15歳からの社会保障』を執筆。たちまち注目を集め、5度の重版を重ねています。さらに、書籍という媒体だけではアクセスできない人たちにも届けたいと、所属法人の事業として、今年の10月より「社会保障ゲーム」を考案して高校・大学で実証実験を行なっています。
そもそも、社会保障について何も知らない、制度を使うことには心理的なハードルがある……といういまの状況の背景には、どんな事情があるのでしょうか? 私たちは、社会保障制度をどのように理解すればよいのでしょうか? 横山さんにお話を伺いました。
家賃が払えない=「人生詰んだ」にならないために
──『15歳からの社会保障』の執筆に至るまでの背景を改めて教えていただけますか?
社会福祉士として繁華街の近くの病院で働いていた時期、ネットカフェに実質居住している20〜40代の方々が体調が悪くなり病院に運ばれてくる、ということがよくありました。
そこで生活保護の申請などのお手伝いをさせていただくと、「家賃補助をしてくれる制度があるということを知らなかった」「もしその制度を知っていれば、こういう状態にはならなかったかもしれない」という方が多くいらっしゃったんです。
そうした声を数多く耳にした経験が、この本を書くことにつながりました。「あのときにもしこの制度を知っていれば」と後悔する人を、少しでも減らしたいんです。
社会保障に関しては、「ネットで検索すればいいじゃん」と思う方も多いと思うのですが、頭のなかにぼんやりとでも知識がないと、家賃が払えない、というときに「人生詰んだ」と思い詰めてしまう。「そういえば、こういうときのための制度があったよな」と思えるかどうかで、ネクストアクションが変わってくると思っています。
「周りからどう思われるか」と制度の利用をためらう人たち
──日本では、社会福祉制度についてきちんと知っている人がそもそも少ないですし、「その制度をできれば使いたくない」「使っていることを人に知られたくない」という心理的なハードルも高いように思います。
そうですね。福岡大学法学部教授の山下慎一さんが、近著『社会保障のどこが問題か―「勤労の義務」という呪縛』のなかで、日本人の「働かざる者食うべからず」という精神や規範意識が、生活保護などの社会保障制度の利用のブレーキになっているのでは、と分析しています。
人権教育や、主権者教育(市民教育)の機会も乏しいので、「自分たちがどんな権利を行使できるのか」を知るきっかけがありません。僕自身、いまの職業についていなかったら知ることのなかったものばかりです。
制度を使う人が少ないと認知が進まず、自分が制度を利用した場合にどうなるのかを想像することができず、さらに心理的なハードルが高まってしまいます。「周りからどう思われるんだろうか」「会社にバレてしまうんだろうか」と心配される方もいます。
制度そのものも、利用要件の言葉が難しかったり、必要な書類を集めたり、書いたりすることに苦労したりと、申請のプロセスに、さまざまな障壁があるんです。
私は昨年、社会保障教育の推進に関する検討会の委員をさせていただいたのですが、国のなかには、制度をつくって終わりではなく、必要な人にどうしたら届くのかと思案し、その方法を検討するために実際に困っている人たちの声をきちんと聞きたい、と熱意のある方がいらっしゃると感じます。
D×Pさん含め、現場を知る立場の人たちが架け橋となっていくことが重要なんだな、と、委員の立場を経験して感じたところです。
想像力を最大限駆使して、声をかけ、サポートする
──心理的ハードルを感じる人たちに対して、横山さんは社会福祉士としてどんな声かけをするように意識していますか?
やっぱり、皆さん個人個人が別の人生を生きてこられた方々ですから、「こういうときはこういう声のかけ方」と一般化するのは難しいですね。その方が自分で意思決定をするプロセスを、お手伝いをするというイメージでしょうか。
まずは、こういう状況ではこんな制度やサポートのオプションが用意されていて、こんなものが利用できます、とテーブルの上に並べます。
何かを決定するにあたって、分からないことがあれば一緒に調べますし、懸念があるならば、それが軽減される策を一緒に考えます。声のかけ方ひとつでその方を傷つけてしまうこともあり得ます。「権利の行使」という言葉を自分もよく使うわけですが、それが頭ではわかっていても納得できない、という気持ちもとてもよく分かるんです。
例えば、「同年代のバリバリ働いているあの人と比べて、いま、社会保障制度に頼らないと生きていけない自分」と比べてしまう気持ちは、どうしても浮かんできてしまいますよね。そんなときは「こんな制度があるんだから使いなよ」と押し付けるのではなく、「『いま』は同年代の人と比べて苦しいかもしれないですが、あなたが『この先の人生』を送っていく上で助けになる制度だから、使ってみたらどうですか?」とお伝えしてみたりとか。
「自分の人生にもこういうことが起こるかもしれない」
──本書には、「高校生で妊娠し、生活に困ったマミ」「発達障害の子どもを育てるジュンとマコ」など、いろんな人の具体的なエピソードが出てくるのが印象的です。
一番起きてほしくなかったのは、読んだ人の頭のなかに「こういう制度って結局『弱い人』が使うものなんだよね」という印象が残ってしまうことでした。情報を得るかわりに制度を利用することに対する心理的ハードルを高めてしまっては、本を出した意味がなくなってしまいます。
「自分の人生にもこういうことが起こるかもしれない」「友達の身に起きる出来事かもしれない」と、ちょっとでも自分ごととして意識できるよう最大限の工夫をしたつもりです。
──本を読んだ方からはどんな感想が寄せられていますか?
反響、と言うと偉そうですけれども、定時制高校の先生や、特別支援学校の先生、養護教諭の方、支援事業に携わっている方からはたくさん反応をいただいています。子どもたちの居場所に置いてくださったり、あとは、ご自身で何冊か買って学校に寄付してくださった方もいると聞きました。そうした大人たちを通じて、子どもたちに届いているようです。
「生活保護制度で、国が定めている生活費の基準額があるとは知らなかった」という高校生の方や、「生存権については学校で学んだが、より具体的なイメージが沸いた」という中学生の方の声も聞いています。
制度を使うことは、「能動的な存在」になることだ
──いま、社会保障を学ぶことができるゲームを開発し、その実証も行なっていると聞きました。
より多くの若い世代に、できれば教室に届けたい、という思いで考案したのがゲームという形です。架空のキャラクターを選び、「自然災害」や「会社が潰れた」といったいろんなピンチが集まる「ピンチカード」を引いたら、そのキャラクターにどんな困りごとが起こるかをみんなで考えます。そして、アイテム(社会保障制度)カードのなかから、どんな制度が利用できるのかを探していくんです。
今年から開発が始まり、10月から実際に学校に伺って体験してもらう実証の段階に入っています。これまで高校2校、大学1校で実施させていただいて、今年度中に30箇所ほどで実施をする予定です。これから実証を経てどんどん改良していきたいと考えています。
──いろんなキャラクターが設定されているんですね!人生ゲームみたいです。
学校で皆さんがゲームをされる様子を見ていると、いろんな人の背景に想いを馳せ、想像力を働かせている様子がわかって興味深かったです。
大人にもやっていただいたことがあるのですが、特に支援者ですと、具体的な制度の内容に気を取られがちなんです。一方、生徒さんたちから「この人の趣味って野球なんだ。車椅子になったら野球観戦に行けないよね」という発言があったりして…。ゲームのキャラクターをちゃんと「生活者」として捉えていく姿からは学びが多かったです。
──若い世代に、横山さんが伝えたいメッセージはありますか?
難しいですね……「あなたには制度を使う権利があります」みたいなことを、ドヤ顔をして言うのもどうなのかなと思いますし。
今日偉そうに解説した私だって、社会保障制度を使う権利を持っているひとりなんですよね。実際、子どもの頃に小児がんを患った際、小児慢性特定疾病医療費助成制度という医療費の助成制度を病棟の看護師長さんに教えていただき利用しました。おかげで両親が支払う医療費の負担はだいぶ軽くなったんです。
私が医療費の軽減制度を利用したように、皆さんがもし、何かしらのピンチに出会い、そのピンチに対処できる制度が利用できるなら、躊躇せずに使ってほしい。それは権利なんですから。
制度を使う=助けを受ける、ということは一見「受け身の存在」になるように見えるけれど、一方で、自分でそれを選び取って「使う」というのは「能動的な存在」になることだと私は思っています。使う人が増えるほど、制度もどんどん“当たり前”になっていきますしね。
子どもの頃に得た社会への「信頼」をいま、再分配している
──横山さんが、現在の活動にこれだけ尽力できるのはどんなモチベーションがあるからなのでしょうか?
先ほどもお話しした通り、わたしは25年前、小児がんを患いました。治療法として骨髄移植が必要となり、骨髄バンクを通じて当時40代の男性の方から提供いただいたんです。ドナーの方については年代と性別以外の情報を知ることはできませんが、私はたしかにその方のおかげで命をつなぐことができ、いまここにいるわけです。
骨髄バンクって、提供してくださる方も、提供先の相手が誰かはわからないんですよ。「合致した人がいたので提供してください」とお知らせが来たら、仕事をどのタイミングで休むか考えなきゃいけないし、家族がいらっしゃる場合は「腰に針なんかさして大丈夫なの?」と心配するのを説得しなきゃいけない。
当時の私は子どもだったので、細かい部分は理解していませんでしたが、「会ったこともない何処の馬の骨ともわからない相手に、自分の体のリスクを負ってまで骨髄を提供するという意思決定をした人がこの世の中にいるんだ」、ということだけはわかっていました。
とてつもない贈与を受けた、という感覚があるんですよね。それは私に「社会に対する信頼」を与えてくれました。そういう贈与を受けたからには、何かしらの形で社会に貢献し続けていくというのが望ましいのではないか……という感じでしょうか。
──横山さんが子どもの頃に得られた「社会への信頼」は、もしかしたら、持てない人が多いかもしれません。
社会に対する信頼を有していない人に対して、その信頼を届けてくれるインフラのひとつが、社会保障制度だと思います。困ったときに気にかけてくれる人が誰かいる、という制度です。
そして、その制度を最終的に誰かに届けるのは「人」です。いま、社会福祉士として、自分が得た信頼を再分配している──私はそんなふうに考えています。
お話を聞いた人: 横山北斗さん
NPO法人Social Change Agency代表理事。ポスト申請主義を考える会代表。
社会福祉士、社会福祉学修士。武蔵野大学人間科学部社会福祉学科非常勤講師。
神奈川県立保健福祉大学卒業後、医療機関にて患者家族への相談援助業務に従事後、NPO法人を設立
内閣府 孤独・孤立対策担当室HP企画委員会(2021〜現在) こども家庭庁幼児期までのこどもの育ち部会委員(2023〜現在) 厚生労働省 社会保障教育の推進に関する検討会委員(2023)著書に『15歳からの社会保障』(日本評論社)
聞き手・執筆:清藤千秋・南麻理江(株式会社湯気)/編集:熊井かおり
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続く物価高。今秋にかけても値上げラッシュが発生するなか、その影響を大きく受けるのは、親に頼ることができず、困窮する若者たちです。年末年始は困窮する若者たちにとって孤立を深める期間です。食糧の緊急発送が急増する12月まで、あと1ヶ月半。D×Pでは全国の若者への食糧支援を提供するため5,000万円を目標に、12月20日までクラウドファンディングを実施しています。ぜひ応援や記事のシェアなどをお願いいたします。
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