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フェアな社会が生み出す音楽を聴いてみたい

ロックバンドASIAN KUNG-FU GENERATIONのボーカル&ギターを担当し、ソロ活動では音楽活動のみならず社会活動にも積極的にコミットする後藤正文さん。

この度、後藤さんはNPO法人「アップルビネガー音楽支援機構」を設立しました。

「この活動の先にいる未来のミュージシャンたちに、どれだけ何を残すのかが大事」と語る後藤さんの想いは、D×Pが未来ある若者をサポートする理由と共通するものがあります。活動の背景や思いについてお聞きしました。

トップの写真:八木 咲 撮影

音楽賞の創設を経て、NPO発足へ

──この度NPOを設立されるということですが、そのきっかけは何だったのでしょうか?

2018年に『APPLE VINEGAR -Music Award- 』という音楽賞を立ち上げました。まずアップルビネガーっていう言葉が夢に出てきて。自前で賞金10万円を拠出して始めることにしたんですけれど、「10万円じゃ賞金が少ないかな」ってネットでつぶやいたら、すぐに坂本龍一さんが「僕も協力するよ」と反応してくださったんです。坂本さんが出してくださった賞金と合わせて20万円あるから、小さい賞だけど若い人たちをサポートできるなと。

音楽が話題になるかならないかって、資本の力がめちゃくちゃ影響してるんです。宣伝費を出すメーカーに広告を打ってもらって、コマーシャルが流れる。マスメディアを使って、一般への認知度が上がる。世のなかには、そうした資本の力を借りずに音楽をしている人たちがたくさんいます。そういう場所からも素晴らしい作品が産み出され続けています。

後藤さん個人のスタジオ

ネット上には毎日、毎週、数千タイトルの楽曲が発表されていると思うんです。そのなかで、どうやって見つけてもらうのか、生き残っていくのかは若い人たちにとって切実な問題だと思う。素晴らしい作品をつくった人たちに、大人がちゃんとエールを送る必要がある。エールだけでなく、サポートも必要だと思います。

──『APPLE VINEGAR -Music Award- 』を続けてきたなかで、NPOを創るのはなぜでしょうか?

賞だけをやっていると、どうしても権威的な性質が気になってしまって。少しずつ居心地が悪くなってきてしまった。でも僕たちは音楽界の権威になりたくてやってるわけじゃないし、みんなが作品づくりをしやすくなるためのエッセンスだと思ってはじめたことです。もっと広く、音楽をつくる人の役に立ちたい。

自分もインディペンデントの現場をサポートする仕事が増えたんですけれど、インディの現場では録音に使えるお金ってそんなにないんですよね。スタジオ代をどうやって抑えるかというのが切実な悩みです。みんなが気兼ねなく使える場所が必要だと思ったんです。

※インディペンデント(インディペンデント・ミュージシャン)とは、大手の芸能事務所やメジャーレーベルには所属せず、独立して活動を行なうミュージシャンのこと。

新しい音楽スタジオのイメージ
©光嶋裕介建築設計事務所

NPOではスタジオをちゃんと整備して、機材も最高のもの用意して、創作の現場を支援するような活動をしていきたい。賞も続けつつ、音楽制作の現場の支援機能を上げていった方がフェアな活動になるはずです。創作の場をつくって開くことで、ある種の再分配をやらないといけないと思っているんです。音楽制作はどうしてもお金がかかります。 制作費を削って、痩せ我慢してやりましょうっていうのも辛いし、あるだけジャブジャブ使いましょうっていうのもどうかと思う。

あと少しの予算や資金があったら、もう1つチャレンジできたよねっていうところを埋めてもらおうと思って、『APPLE VINEGAR』では賞金を用意しているところがあるんです。本当はノミネート作品のすべてに賞金を送りたい。NPOでは実際の場をつくることで、受賞してない人たちもその恩恵に広くあずかれるかなと思っています。

未来のミュージシャンたちに何を残すかが大事

──場を用意するのにNPOという母体が必要だったということでしょうか?

そうですね。この規模のスタジオやコミュニティスペースをつくって運営するには、本当にいろいろな人の協力がないとできないんです。とても僕ひとりでは抱えきれない。一緒につくろう!と地元の人たちや仲間が集ってくれたし、非営利にしてみんなのものにしようと。基本的にスタジオを商売として成り立たせるのは、とても難しいということもあります。

同じ立地で同じ面積だったら絶対商業施設やマンションにした方が収益性は高い。ゆえに、都内のスタジオが閉鎖され続けています。 非営利の文化事業として行わないと、維持できないと思うんです。営利のために高い利用料を取るのでは、多くの人をサポートしたいという理念から外れてしまう。

将来に僕が離れたり死んだりしても、スタジオは続いていってほしい。この活動の先にいる未来のミュージシャンたちに、何を残すのかということは大事なことだと思うんです。。音楽をつくっている人たちも音楽リスナーもみんなで参加して、まだ聞いたことのない将来の音楽に1000円なり2000円なり、気持ちを託してもいいと思う。

スタジオをつくるというのは、そういう射程の長いパスになり得ます。そうした思いの受け皿が僕だけだとパンクしてしまいます。持続可能性も下がると思います。非営利の団体をつくった方が気持ちいいですよね。支える側、支えられる側にも、負債感がない方がいいかなとも思うし。

──儲からない事業は潰されていく。そうすると結局お金がない人、その時にメジャー契約してなかったような人たちが 割りを食う状況になっているということでしょうか?

予算によって差は出ますよね。この1日で何曲か録って絶対にスタジオから引き上げなきゃいけないとか、失敗できない現場が増えちゃう。予算があると、少しはバッファはあるんでしょうけれど。でも昔に比べたら、やっぱり、ゆとりは少ないですよね。それはアジカンのようなバンドでも思う。

これから才能を発揮しようという人が、最初からお金を持ってる可能性って少ないですよね。ある種の文化的な水準が高ければなんかできるかもしれないけれど。例えば、アメリカはポップミュージックの歴史が長いというか、いろいろなやり方が町やスタジオに文化として張り付いていたりする。でも、日本ってそんなにたくさんコミュニティーないよなって感じもする。

できるだけ多くの人にスタジオを使う機会を提供したい

──日本ではNPOが減っている状況です

自分ひとりで成し遂げるような曲づくりとか、パソコンのなかで完結するような楽曲制作や音楽活動は、方法も選択肢も増えました。情報共有も、世界中の人とネットでできるようになった。でも、スタジオ文化はスタジオ自体に張り付いているので、なかなか場所から切り離せない。シェアするのが難しい。

高いスタジオ使用料を払わないと接続できないような、特権的な性質があるんじゃないかと思います。もう少し開かれたものにしたいなって思います。自分の家で、打ち込みでドラムビートつくれる人も、スタジオではレコーディングしたことはありませんっていう人がほとんどだと思うので。

バンドマンには、そもそも録音に対する知識がない人も多い。ミュージシャンとエンジニアの分業が進んでいるからなのですが、興味の幅によってバランスが悪くなっていて、コロナ禍のリモートワークで途方に暮れた人も多いと思います。演奏だけに特化してる人もいるんです。そういう複雑な状況を橋渡しして、とにかくみんなに機会をつくれたらなと。未経験の人に機材の使い方をレクチャーする場でもありたい。ワークショップもやりたいですね。

学びの場でもありたいなと思ってるんです。ミュージシャンが来て地元の人たちに楽器を教えてもいい。教える側にも学びがあります。そういう風に広く地域に貢献もしたいなって。地元の高校生に来てもらって、楽器や機材を触る機会もつくりたい。そこからミュージシャンやエンジニアが育っていく。そういう循環もつくれたら嬉しいですね。

フェアとは何かという問いを持つべき

──このような活動をする背景にある、いまの社会の問題点は何でしょうか?

こんな社会になっているのは、この社会を育んできた人たちの責任じゃないですか。そのなかで自己責任を問われてるっていうのはおかしいと思うんですよね。そもそもスタートラインが違う。お金を持っている人だけが学習塾に行けて、受験勉強に対するノウハウみたいのを得られて成功して就職できるって、全然フェアじゃない。競争をよしとするならば、せめてスタートラインは一緒じゃないとおかしいだろうっていう気持ちがずっとあります。

私たちはひとりひとりに責任を求めるほど、この社会をフェアに実現できていない。その人が能力を発揮できるかどうかって、もう本当に環境によるなって痛感します。場づくりが大事だと思ったのは環境整備をしたいからなんです。例えば、全員がイガイガしてるような人間関係のなかから素敵な人やモノが飛び出してくる可能性って少ないですよね。経済的な要因ならば、社会のあり方で格差の解消にアプローチできるかもしれない。フェアとは一体何かみたいな問いを、みんな持つべきだと思うんです。

この綻びだらけの社会を、まず直さないといけないなと思います。次世代に贈り物をしたいっていうより、むしろ「こんな社会のままじゃ渡せない」みたいな気持ちの方が強い。そんな恥ずかしさが原動力になっています。ものすごい才能、可能性を秘めてる人がさまざまな理由によって、恵まれない環境や狭いコミュニティ、社会のなかに閉じ込められている現状が、何より俺たちにとっての損失だと思います。もしかしたら、その人がとんでもないものを発明する可能性を持っているかもしれない。そういう可能性に全ての人たちがアクセスできたら、その分世のなかが豊かになっていくようなイメージなんです。

サンティアゴでのASIAN KUNG-FU GENERATIONワンマンライブで演奏している後藤さん

──まさにD×Pが若者に対して可能性を感じているのと同じですね。さらに音楽の間口の広さを感じます

音楽は言葉になっていないものをそのまま取り扱える感じがしますよね。例えば僕のSNSでの発言は嫌いだけど、アジカンの音楽は好きだっていう人がいます。それって可能性じゃないかなと思うんです。社会や政治に対する考え方は違うけど、あの音は好きだよねとか、あの曲いいよなみたいなところで分かち合えるって、それ自体が本当に可能性でしかないというか。

僕たちは基本分かり合えないんだけど、どこかで分かり合えるかもしれないっていう可能性を感じる。そういうチャンネルが用意されていることを、音楽や芸術は時々指し示してくれます。それでも合わない人ってもちろんいますけどね。でも、例えば自分がつくった曲をブラジルとかアルゼンチンとか、地球の反対側でもいいねって言ってくれる人がいたりするのを見ると、これは可能性なんだって思うんです。すごいことですよね。

音楽はまさにリアルタイムで共同体をつくれるんです。そしてライブが終わったら、みんなバラバラに、それぞれの生活に帰っていく。共同体が生まれるのは一瞬だけ。でも人間が持っている可能性として、音楽がそういう瞬間を生み出せることの素晴らしさを考えてもいいんじゃないのかなと思って。俺たちはさっきまでいがみあっていたけど、「これいい曲だな」って思う瞬間に、共通のフィーリングが生まれることもあるんだっていうことを、僕たちの可能性として、ポジティブに受け止めたいなって思っています。

過去からの贈り物を未来にパスする

大人たちが若い人たちを支えることは大事で、僕らもいずれこの世を去っていかねばなりません。そういうタイミングで世の中を背負っているのは、困っている若い人たちだったりします。僕らが若者を支援すると言っていることは、実は過去の世代から受け取ってきた贈り物を我々がそのまま若い世代にパスしてるんですよね。
D×Pさんの活動はそういうことを意識しながらされていることがわかるので、とても素敵だと思います。僕もD×Pさんの精神に連なるような活動を、静岡でもそれ以外の音楽の現場でもしていきたいなと思っています。応援しています。
後藤正文(ASIAN KUNG-FU GENERATION)

インタビュー・執筆:青木真兵/編集:熊井かおり

クラウドファンディング実施中!

2024年10月16日(水)からクラウドファンディングをスタートしました。

D×Pでは全国の若者への食糧支援を提供するために5,000万円を目標に12月20日(金)まで支援を募っています。

若者が孤立を深める年末年始、食糧の緊急発送は、毎年12月に入ると急増します。

物価上昇の落ち着きが見えず、ごはんを求める若者が多くいることから、今年も多くの若者からSOSが届くはずです。必要な食糧は少なくとも2万7千食を予想しています。

それまでに一人でも多くの若者とユキサキチャットで繋がり、食糧支援を通して孤立を未然に防ぎたい。そして、急な支援を求める若者のSOSを逃さない体制を、今のうちに整えたい。

そのために、食糧支援や現金給付などのユキサキチャット運営に必要な資金5,000万円を募ります。

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