信仰心もない、政治やNPOも「不信」。日本人は何を信じているのか? 日本の寄付文化について坂本治也先生と考える。
日本人にとって「寄付」が身近でないのはなぜだろう?
寄付文化をもっと広げるために、何ができるのか?
活動資金の約9割が寄付金であるD×Pにとって、若者の孤立を防ぐ活動のための寄付集めは常に重要な課題です。
寄付やボランティアの参加度合いを国別に比較した「世界人助け指数」(※)で、日本は119カ国中なんとワースト2位の118位。税金が控除されおトク感がある「ふるさと納税」や、災害の義援金といった一時的な寄付は知られているものの、社会課題の解決のために尽力するNPO法人など市民セクター(※)のために継続的な寄付をする人は、まだまだ珍しい存在です。
寄付文化を広げるために、D×Pは何ができるのか。現状を知り、ヒントを得るために、現代政治や市民社会の研究者で日本初の寄付研究に関する概説書『日本の寄付を科学する――利他のアカデミア入門』の編著者、関西大学の坂本治也先生にお話を伺いました。
(※)Charities Aid Foundationが2022年に発表した「世界人助け指数」(※)では、1位がインドネシア、2位がケニア、3位がアメリカ。
(※)市民セクター…… ボランティア、NPO、NGOといった、市民が中心となって組織して活動をすすめるセクターのこと。社会福祉法人、公益法人、一般法人、協同組合、地縁組織なども広く含まれる。
「宗教」は寄付文化を語る上で欠かせない要因だった
──日本人が寄付をしない要因として、どんなことがあげられますか?
いくつか要因はありますが、大きな要素として一つ挙げられるのはやはり宗教です。
多くの国で、宗教は寄付の強い原動力になっています。一方、日本人の信仰心は多くの場合、行事で神社に行くとか、死んだときに葬式を上げるといったときにしか発揮されません。
「世界人助け指数」1位のインドネシアは9割弱がイスラム教徒の国です。イスラム教徒は一日五回の礼拝や、喜捨(他者への施し)など、日常のなかに戒律が根付いています。それを守って生きるのが正しいことだと、みんなが思っているわけです。当然、たとえ額が大きくなかったとしても毎日のように寄付をするという行為が当たり前になります。
世界には、実はそういう国がけっこう多いんです。日本のように宗教から自由な国のほうが世界的に見ると珍しいくらい。
日本では、宗教法人に対して「怪しい団体」という先入観が強いですし、宗教について話題にするのがタブー視される風潮もあるので、あまり表には出てこない要因なのですが、実態としては、最初に確認しておきたいポイントかと思います。
寄付やボランティアへの関心の低さは、政治不信ともつながっている
──宗教以外の要因はありますか?
NPOや市民活動団体に対する不信感が、世界的に見ても高いということが挙げられます。
日本では、寄付が活動資金になっている団体に対して、不正利用しているんじゃないか、中抜きしているんじゃないか、という不安感が強いんですよね。
寄付やボランティア活動への否定的な眼差しは、「シニシズム(冷笑主義)」も大きく関連しています。世の中の課題を解決するため尽力する人たちを「お金儲けのためにやってるんじゃないか」と斜に構えて論じてしまう。
シニシズムに関しての国際比較のデータはないのですが、日本はその傾向が強い国かもしれません。長く続く政治不信とも密接に結びついていると思います。
──確かに、日本人は政治参加の意識が非常に低いと言われています。いつも、選挙のたびに投票率の低さが話題になっていますね。特に若者の投票率が低いと言われています。
昔からそうだったわけではなく、1960・70年代は学生運動が盛んでした。戦争への反省もあり、戦争、環境汚染、消費者問題などに対して市民が物申し、「公共」の運営に関わっていこうという機運が高まっていました。戦後の経済成長で多くの人が教育を受けられるようになり、問題を認識する人が増えたことも影響しています。
しかし現在、全く違う国になってしまっている、というのが私の見立てです。
日本が70年代以降に迎えていた大きな分岐点とは
──一体、何が起きてしまったのでしょうか?
やっぱり70年代の連合赤軍事件の影響もあって、学生運動に対するイメージが悪い。それ以降、自分たちが公共に口を出してもろくなことにならない、お上に全て任せておいたらいいんだ、という雰囲気になっていきます。
同時に、中学、高校、大学で管理教育が強まっていきます。先生に意見を言うのはダメで、学校内での政治活動は絶対ダメ。生徒をどんどん締め付けて受験に追い立てていく形が完成していくのが70年代、80年代です。寄付に限らず、市民のアクティビズムはあの時代が一つの分岐点だったのだと思います。
日本財団の18歳の意識調査の国際比較では、日本の若者の無力感が突出して目立ちますよね。若者は、政治参加や、寄付を通じた公共への参加の方法を詳しくは教わりませんし、それが「良いこと」だとも思っていないわけですよ。
ドイツでは、60年代に学生運動をやっていた左派の若者たちは緑の党に参画し、90年代に連立政権で与党となって、環境問題に取り組んできたという歴史があります。日本は左派政党がずっと政権を取れないので、政府や大企業に対する批判的な動きが正当性のあるものとしてなかなか認知されません。ともすると、「反体制運動」「無政府主義者」といった扱いを受けてしまいます。 なぜ日本はこういう国になってしまったのか。当然、日本人自身がそういうあり方を選んできたからで、誰かが仕組んでそうなったわけではありません。自分たちは経済活動だけやって、公共は政治家や行政に任せておけばいい、と選択したんです
政治も市民セクターも宗教も信じていない日本人は、何を信じているのか?
──「自分たちは経済活動だけやって、公共は政治家や行政に任せておけばいい」という選択は、経済が大きく成長していたからこそですよね。
そう思います。80年代くらいまではそれでうまく行ってたんですよね。しかしバブルは崩壊し、経済成長が停滞しているいま、本当は変化が必要です。
むしろ政治の側は市民に変化を促してきた側面もあって、だからこそ1998年にNPO法(※)ができた。いままで通り政府が全部やっていくのは無理で、市民活動を活発にしていかなければ社会は成り立たない、という課題認識が政治の側にはその当時からあったんです。でも、社会の意識がそこに追いつくような変化はつくれていません。
──いま、経済成長は停滞し、社会不安も高まっています。そんななか日本人は、政治も市民セクターも信頼しておらず、信仰心も持っていないと……一体何を信じているんでしょう?
いろんな立場ごとの「信頼の度合い」を聞いた調査があるのですが、それによると、日本人は圧倒的に家族、友人です。ある種、素朴と言っていいような感覚ですよね。
日本人は寄付はしないけど、ご祝儀、お中元など、身内や知人のなかでは贈答文化が盛んです。誕生日やクリスマス、バレンタインなど、いろんな行事で贈答してお金を使います。これは確かに利他的な行為ですが、自分が知っている狭い範囲に限定されているのが特徴だと思います。
(※)NPO法……条件を充たすものは 「特定非営利活動法人」 として法人格の取得が可能となり、公益活動がしやすくなる法律として画期的だった。
NPOは、寄付の大切さをどのように伝えれば良いだろう?
──日本人は、自分が信じられる人の範囲が狭いということでしょうか。
そうです。自分の家族や、仲のいい人同士だったら助け合える、という感覚。ですが、いま、日本社会で一番多いのは単身世帯ですし、これからもっと増えていきます。
だから家族を大事にしていく戦略というのは、あまり得策とは思えないですよね。僕はやはり、日本人はもっと社会を頼れるようになった方がいいと思います。
──「身内」の範囲をどんどん拡充していくという感じでしょうか。
そう、身内だったら仲良くするし、お金もどんどん使うんですよ。寄付を集める立場の団体は、それを意識する必要がありそうです。実際、全然知らないNPOに寄付をするって難しいじゃないですか。
だから僕はNPOの方によく「友達を増やしましょう」ってアドバイスするんです。持続的に密なコミュニケーションを取り合って、親しくなって活動の意義を理解して貰えば、「頑張っているあなたのためなら喜んでお金を出すよ」となる人は多いんですよ。
僕自身、専門が政治学で、NPOを研究している立場だったにもかかわらず、寄付を集める団体はちょっと胡散臭いと思っていた(笑)。これまで述べてきたような「典型的日本人」でした。
でも、日本ファンドレイジング協会代表理事の鵜尾雅隆さんや、D×P代表の今井さんなど、実際のプレイヤーと知り合ったことがかなり大きいです。
僕はD×Pの月額寄付サポーターですが、今井さんへのお中元というか、「お付き合い」感覚があるかもしれないですね。あの人頑張ってるから応援してあげようかな、くらいでいいと思うんですよ。
寄付の動機としてよく「社会の役に立ちたい」「未来への投資」というのも聞きますが、僕はそこまで高尚なことは思わへんかな……みたいな(笑)
まずは「知ってもらう」というスタンス大事に
──確かに、運営上の実態なども知ってもらい、身内だと感じてもらうことがサポートしていただく上で重要な気がします。
先ほども述べたように日本はNPOに対する不信感が高い国ですが、言ってしまえば「単純に知らないだけ」です。身内になれば味方になってくれるのだから、まずは知ってもらい、身近に感じてもらうスタンスは大事だと思います。
災害時に寄付先を選ぶとき、「この団体は寄付したお金を丸ごと現地の人に届けてくれる」という基準で判断をする人たちがいます。災害救助のため働く支援団体の人たちの運営管理費に使われるのは「中抜き」だという言説です。でも、実際に動く人がいないと、本当に困っている人の役には立てないですよね。D×Pさんの活動でも、「困っている若者にお金を渡したらそれで問題解決」なわけがありません。
「中抜き」への不信感や思い込みはメディアの発信不足の影響もあると思いますが、ぜひ、NPOの活動がどれだけ大事なのか、もっと多くの人に知ってもらいたいと思います。
──「身内になってもらう」。その最初の一歩がすごく難しいのですが、何かアドバイスはありますか。
まずはボランティアで一部の仕事を体験してもらうという方法もありかもしれません。
昔、街角で子どもたちが募金箱を持って寄付を呼びかける共同募金がありましたよね。見聞きしたり、経験したことがある人は少なからずいるはずで、子どもにとっては社会貢献の練習にもなっていました。募金活動を一回経験してもらうのもいいかもしれません。
いま、大学生も就活のときに学外での活動をアピールできないといけないから、ニーズはあると思いますよ。それから、企業の研修の一環として組み込んでいただくとか。最初のきっかけは「行けと言われたから来た」かもしれないけど、そこから興味を持つようになる人もいます。
最初は「何となくやった」「やらされた」くらいの体験が、いいきっかけになることもありますよね。理念や実態を100%最初から理解してもらおうとするとお互いに大変だから、小さな機会や場を仕掛けていけるといいのかもしれないですね。
お話を聞いた人: 坂本治也さん
関西大学法学部教授、大阪大学大学院法学研究科博士後期課程単位修得退学。博士(法学)。専門は政治過程論、市民社会論。主な著書に『ソーシャル・キャピタルと活動する市民──新時代日本の市民政治』(有斐閣、2010年)、『市民社会論――理論と実証の最前線』(編著、法律文化社、2017年)、『現代日本の市民社会──サードセクター調査による実証分析』(共編著、法律文化社、2019年)など。
聞き手・執筆:清藤千秋・南麻理江(株式会社湯気)/編集:熊井かおり
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