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若者の市販薬乱用。いたずらな規制だけでなく、痛みを抱えている人に寄り添う支援を【松本俊彦先生インタビュー後編】

近年、メディアで聞く機会の増えた若者による市販薬乱用の問題。「薬物」と聞くと従来は覚醒剤や大麻などが想起されましたが、いま、10代の依存症患者の約7割が触れているのが市販薬です。

そして、精神科医・松本俊彦さん(国立精神・神経医療研究センター 薬物依存研究部 部長)は、いわゆる「ヤンチャな子」ではなく「家庭や学校でさまざまな問題を抱えてしんどい子たちが、しんどさを紛らわせるために薬を使っている」と説明します。

周囲の大人や、支援者は、若者の生きづらさに寄り添うため、どんなマインドセットが求められるのでしょうか? 前編に引き続き、松本先生にお話を聞いていきます。

>>前編はこちらから

グリ下、トー横に集まる子ども・若者が悪いわけではない

──前編では、市販薬を使う若者が「ひとりぼっちで悩んで、ひとりぼっちでドラッグストアで買う」というお話がありました。よく、トー横やグリ下などの場所がオーバードーズと関連づけて話題になることが多いのですが、若者たちは、孤立や生きづらさをなんとか解消し、「つながり」を得るためにトー横やグリ下に集まる、という側面があるのではないでしょうか。

D×Pがグリ下近くに出していたフリーカフェ

そうだと思います。大人たちからは、グリ下やトー横は市販薬のオーバードーズの元凶だから直ちに閉鎖しろ、みたいな意見が出ることもあるけれど、そこがあるから助かっている子たちもいますよね。

忘れてはならないのは、グリ下やトー横が話題になり始めたのはコロナ禍に入ってからということ。コロナ禍に何があったかというと、ずっと増え続けていた児童生徒の自殺が過去最多になってしまった。学校が再開してもこの流れは変わりませんでした。特に女子中高生の自殺数は2倍に増えたまま高止まりしてしまっています。

いままで、地域には、学校のほかにも放課後の帰り道などで立ち寄れるいろんなスポットがあったんだけど、年々少なくなってきていますよね。ゲームセンターにいると補導されちゃうし、コンビニの前でたむろしていると怒られちゃう。そして、コロナ禍で、さらにそういう場所へのアクセスが完全になくなってしまった。

結局、手のひらの中に残されたスマートフォンからTikTokで歌舞伎町の様子を見て、「ここへ行こう」と人が集まってきているような気がしています。トー横やグリ下に集まる子どもたちが悪いんじゃなくて、そこで悪さを仕掛ける大人たちが悪いんですよね。

だから、あそこに集まる若者の支援をしたり、社会資源に関する情報発信をしたりするのは本当に必要なことだと思っています。

痛みを抱える人たちをどう支援するか、という議論を

──トー横やグリ下の様子がメディアで取り扱われることが増えました。でも、注目度が上がるとともに、SNSではミーム化され、表層的に消費されている傾向があって、それには危機感を覚えています。

市販薬の問題も、同じ文脈で扱われていると思います。いま、市販薬の乱用は厚生労働省でも問題視されるようになっているのですが、いろんな委員会で取り組もうとしているのは、「ドラッグストアで健康被害に関する啓発のポスターを貼りましょう」みたいなことなんです。

でも、健康被害についていくら啓発しても、減らないと思うんですよ。市販薬を使う子たちっておそらく、それで死ねるとは思っていないけど、運悪くワンチャン死ねたらそれはそれでラッキー、と思っている子たちなんですよね。健康被害の啓発が有効どころか、どんどん追い込むことになりかねない。

──グリ下を閉鎖しろ、という声への違和感と似ています。規制や制限されたら、その子たちはもっと危険な場所に行かざるを得なくなるかもしれない。取り締まることばかりが語られて、その子たちの本質的な問題解決を見ていない気がしてしまいます。

そうなんです。だから、いままで、薬物乱用防止教育は、「犯罪・非行対策」の文脈で語られてましたが、本当は「自殺対策・自殺予防」の文脈で語られなければいけない。それが、まさにいまの、若者たちの市販薬の問題なんです。

いつも薬の管理と規制の話ばかりになっていて、痛みを抱えている人をどう支援しましょうか、という議論になっていない。いまのところ僕が知る限り、そういう議論は、少なくとも霞ヶ関界隈からは聞こえてきません。

ただ、「いたずらな規制に本当に意味があるのか」と検討すると同時に、大人たちの金儲けへの野心に関しては、厳しく言わなきゃいけないと僕は思います。市販薬に販売個数制限をかけると製薬会社の売り上げが大きく下がってしまうので、厚労省が強く言えないという現状がある。すでに流通している市販薬の危なさについて、「これは考え直した方がいいのでは」と相当なエビデンスを出しても、「不十分です」と言われてなかなか通らないのには、やはりそういう背景があると感じます。

松本先生の研究室の本棚

支援者が若者のニーズをどれだけキャッチできるか

──これまでのお話を通して、市販薬乱用という社会問題についての理解が深まりました。若者の生きづらさや痛みに寄り添うために、D×Pのような民間の支援団体に、先生が期待されることはありますか?

家にも学校にも地域にも居場所が必要ですよね。子どもたちが、やばい大人に頼るんじゃなくて、安心して過ごすことができる居場所づくりが大事だと思います。

いま、僕ら精神医療の世界でも本当に困っているのは、精神科のデイケアや通所施設が統合失調症の中高年の方達を想定したものばかりで、10代の子たちが行きたいと思える居場所が全然ないこと。いかにも「メンタルヘルス支援です」みたいな看板のところは、若い子はみんないやだと思うですよね。

結局、僕ら支援者も若者のニーズがちゃんとわかっていなかったり、あるいはわかっていても無視して既存のものに入れようとして失敗したりするパターンが多い。

親しみやすい感じで、偏見に晒されず、安心して人と関われる場所をどうやって作っていくかですよね。行政の手が回らない部分は、民間団体にやっていただくしかない。

ところで、僕は喫煙者なんですが、たとえばパーティーとか飲み会とかでは、途中から、みんながワイワイやってるところからイチ抜けして、こっそりタバコを吸うコミュニティがあったりして、そっちの方が楽しかったりするんだよね(笑)。「あっ、この人吸うんだ」と思った瞬間に、なんだかもうハグしたくなっちゃうような、そういう感覚もあって。

生きづらさを抱えている子たちも、「若者支援」「子どもお悩み相談」と看板を掲げているところには行きたがらなくても、喫煙所で一緒にタバコ吸いながら無駄話するようなつながりで、救われたり、死にたいと思う気持ちが和らぐことがあるかもしれない。

若者の自殺は、「死のう」と決意してから行動を起こすまでの時間が1時間以内がほとんど、下手をすると30分以内と言われていて、これが大人との大きな違いです。でも、その間に介入があると、防ぐことができる率は大人より高いと言われている。つまり気づくことさえできれば希望はあるので、そのための居場所づくりは欠かせないと思っています。

世の中で「良いこと」「悪いこと」とされていることを考え直す

──喫煙所の例もあったように、「居場所」の切り口はたくさんあっていいのだと感じました。他に、支援者側の心構え、意識してほしい声掛けとして、先生からアドバイスはありますか。

やっぱり、彼らの問題行動を「やめなさい」とか「ダメだよ」と否定するところから対話は始まらないと思います。

オーバードーズや、リストカット、あるいは「死にたい」という思いに対しては、大人の側は自分の中の常識で善悪をジャッジせず応じていくことが必要です。どんな事情があるんだろうと想像し、「こういう良くないところもあるけど、こういうメリットもあるかもしれないね」というフラットな冷静な関わり方が大事だと思ってます。

──D×Pも「否定せず関わる」ということを大事にしているので、とても共感します。支援者という肩書きでないにせよ、何か自分にできることはないか、と感じる大人には何ができるでしょうか。

一番ミスがなくて、害がないのは、支援のプロが活動する団体に寄付をすること(笑)。

あとは、もし余力があったらですが、いまの世の中の「良いこと」「悪いこと」のいろんな軽重(けいちょう)みたいなものを考え直してみてほしいんです。

日本は同調圧力が強い村社会だなと思いますが、特にこの薬物の問題においてはそう。依存症の患者さんたちは、違法薬物の薬理作用によってというより、ほとんど社会制度や社会の偏見によって人生を潰されてしまいます。

逮捕されて実名報道されてしまうと、アパートは借りられないし、仕事も決まらないし、銀行からお金も借りられない。盗撮をした大学教師は、捕まっても示談にすれば不起訴になってしまうのに、これってどうなんでしょうか。

いま、いろんな人たちが、科学的な根拠以外のところで、溝を作ったり、垣根を作ったりしていると感じます。出来上がっている轍(わだち)の上をぐるぐるぐるぐるして、正論を吐いている。でも、ちゃんとゼロから考え直してみようぜ、って。僕は本当にそう思います。

オンライン相談でも繁華街でもオーバードーズをせざるを得ない子どもたちや若者たちと出会うことがあります。松本先生が指摘されている通り、その行為を「だめだよ」と話したところでコミュニケーションは始まらず、行為自体やその子の存在自体を否定せずに関わることはとても重要です。大人側は「だめ、絶対」のコミュニケーションではなく、一度自分の言葉を呑み込むこと、止めることを大切にして欲しいと思います。言葉を発しないこともコミュニケーションのひとつでもあることを忘れてはいけないと思います。

D×Pは、繁華街に新しいセーフティネットをつくることを目指し、実現に向けて着手を始めています。繁華街での活動は、若者の背景に思いを馳せ、否定せず関わる大人がいることが大切だと考えています。私たち民間だけではなく、地域にいる方や行政の方などと一緒に、若者たちの社会資源を増やしていく必要性を感じます。
D×P代表 今井紀明コメント


お話を聞いた人: 松本 俊彦さん 

精神科医。国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 薬物依存研究部 部長。1993年佐賀医科大学卒。横浜市立大学医学部附属病院精神科、国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所司法精神医学研究部、同研究所自殺予防総合対策センターなどを経て、2015年より現職。近著に『誰がために医師はいる――クスリとヒトの現代論』(みすず書房、2021年)、『世界一やさしい依存症入門 やめられないのは誰かのせい?』(河出書房新社、2021年)

聞き手・執筆:清藤千秋・南麻理江(株式会社湯気)/編集:熊井かおり

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