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市販薬のオーバードーズ(過剰摂取)の背景に何がある? この10年で変わってきた若者の薬物依存【松本俊彦先生インタビュー前編】

近年、大きな問題になっている若者による市販薬の乱用やオーバードーズ(過剰摂取)。

薬物依存の若者や家族のケアに携わってきた精神科医の松本俊彦さんは「近年の(自分のところを訪れる)10代の薬物依存患者さんは、7割が市販薬。そして、ほとんどが女の子」と語ります。

「10年前と比べてみても、犯罪や非行歴がなく、表向きは『良い子』とされているような女の子たちが増えて」いるのだそう。

一体、この10年で何が起きているのか? 市販薬の乱用やオーバードーズの背景に何があるのか?そして、周囲の大人や支援者に求められる知識やマインドセットとは? 

松本先生にお話を伺いました。

違法薬物よりも、市販薬のほうが問題になっている

──「薬物乱用」と聞くと覚醒剤、大麻といった違法薬物のイメージがかなり強いのですが、いま、日本ではどんな現状にあるのでしょうか?

いくつかの観点から見ていく必要があります。

たとえば、警察が出している検挙者の数から見ると、覚醒剤は年々減り、大麻は増えている。比較的ソフトで国際的にも許容されている大麻に若者たちがシフトしてきていることがわかります。

私がフィールドとしている医療の現場には、薬物を使って健康被害や何らか生活上の問題が生じた方達が来ます。そうした方達を対象にした調査では、ここ十数年、年々増えているのが「捕まらない薬物」の割合です。ひとつは処方薬。精神科で処方される医薬品ですね。もうひとつは市販薬で、これはドラッグストアで簡単に入手できるものです。

さらに10代、20代に焦点を絞ると、多いのはもう圧倒的に市販薬ですね。これがすごく問題になっているのが現状です。

「全国の精神科医療施設における薬物関連精神疾患実態調査」によると、10代の薬物使用の患者において、2014年調査ではゼロだった市販薬は2022年調査では圧倒的多数に。

市販薬乱用が増えた意外な理由

──若者が市販薬を選ぶ割合が増えているのは、どういった事情からなのでしょうか?

一番の問題はドラッグストアが増え過ぎたということだと僕は考えています。いま、国内のドラッグストアチェーン業界の市場規模は8兆円を超えるほどになっていて、年間、続々と新規開店しています。

皆さんお気づきのように、ドラッグストアは複数のチェーンが繁華街にあって、共存しており、それぞれにとても繁盛してます。プチプラのコスメも置いてあるから、若い子達が、仕事帰り、学校帰りに用がなくても寄る場所になっています。とりわけ女性は生理との付き合いがあるので、もともと市販薬とも、ドラッグストアとも距離が近くて抵抗感も低い。いま、若者は格段に市販薬にアクセスしやすくなっているんです。

──海外の事情はどうなのでしょうか? 未成年が市販薬を買うことに対して、何か規制があったりしますか?

アメリカでは昔、デキストロメトルファン(咳止め薬等に入っている成分)が入っているものを売ることに関しては、いろいろなチェック体制ができています。かつて乱用ブームを経験したことからの教訓です。イギリスでも、若者の市販薬のオーバードーズが増えたことを受け、製薬会社が一箱あたりに含まれる錠剤の数を減らすという施策がありました。

日本はもともと市販薬の販売には渋い国で、調剤と販売に関しては薬剤師が全部責任を持っていました。しかし国は医療費削減のために大きく舵を切って、2009年に薬事法を改正し、そこからドラッグストアの大規模なチェーン展開が始まったんです。

ドラッグストアが身近になったことは、もちろん、100%悪いことではないですよね。我々はすごく便利になったし、いちいち病院に行くことなしに、いろんな風邪薬にアクセスできるようになった。しかし、弊害として次々と問題が起きてしまっていて、それをどうするか、対策が追いついていないという状況です。

イギリス、アメリカで起きていたことが20年、30年遅れていま起きている、という感じですね。

生きづらさを抱えた若者たちの、生き延びるための手段

──市販薬の乱用の背景にあるものがだんだん見えてきました。現代の若者たちが薬物に頼らざるをえない社会的な要因は、先生は何だと思いますか?  

市販薬乱用について取材を受ける際に、よく「やっぱりSNSのせいでしょうか」と聞かれます。そうやって大人たちが使い慣れてないツールのせいにする節があるんだよね(笑)。もちろん、SNSの影響もあるんだろうけど、まず僕らがひとつ理解しておかなきゃいけないのは、生きづらさを抱える若者たちは昔からいて、そして、その時々にいろんな形で生き延びてきた、という現実があるということ。

1980年代の校内暴力や暴走族の問題も、生きづらさへの抵抗という文脈で語れるかもしれません。シンナーやガスパンで生き延びてきた人たちもいました。そして、2000年代以降に問題化したのがリストカットです。いろんな方法があったというのは事実で、30年前にも市販薬でオーバードーズしていた人はいました。 

ただ、生き延びる手段としての、そうした行為に関する情報があまり共有されることがなかったというのが、現在との大きな違いだと思います。いま、僕が、都市も地方も関係なく、市販薬のオーバードーズのことで質問や相談を受けることを考えると、大都市で起きている現象が、SNSがあることで、わりとタイムラグなしに地方にも伝わっているということがわかります。ドラッグストアチェーンは地方都市にも進出しているのでアクセスもしやすいし、インターネットでも購入できますからね。

──「生き延びる手段」としての薬物使用は昔からあったということですね。

昔から変わらないところもありつつ、一方で、いま、薬物乱用依存を呈する10代の若者たちを見てみると、10年前とずいぶん変わっています。

10年前、薬物依存治療のために病院にくる10代の患者さんたちというのは、およそ半数が脱法ハーブをはじめとした危険ドラッグ要因でした。そして、7、8割は男の子だった。学業に関していうと、中学卒業もしくは高校中退など、早期に学業からドロップアウトしてしまっているケースが多く、他にも非行歴、犯罪歴がありました。つまり、薬物の問題というのは、彼らの広範な社会逸脱的行動のごく一部に過ぎなかったんです。

10年前と大きく変わった、10代の薬物依存患者の姿

ところが、近年の10代の薬物依存患者さんは、約7割が市販薬。そして、ほとんどが女の子なんです。そして、学業からドロップアウトしていない。学校が通信制や定時制だったりという各論的な違いはあるにしてもね。それから犯罪・非行歴がないんですよ。だから10年前から比べると、少なくとも家庭や学校や、地域の中では表向き「良い子」とされているような女の子たちが増えています。

厚生労働省のデータによると、医薬品の過剰摂取は全年齢で見ても女性が多い傾向にあり、特に10代、20代は約8割が女性を占める。

──それは大きな違いですね……

さらに大きな違いは、併存する精神学的な問題があること。薬物依存の他にも診断名をつけざるを得ないようなものです。一番多いのは発達障害で、生来性の「生きづらさ」を抱えている人が目立ちます。

もうひとつは、PTSD、適応障害、解離性障害といった、ストレスやトラウマに関連する心因性の精神障害です。その背景には、親からの虐待、ネグレクトや、学校でいじめを受けた経験などがあります。

だから、これまでの人生で、なんらかの形で精神医療にアクセスしたことがある、という方も多い。でも、医療が提供するサービスとマッチしなかったり、医療支援の枠組みの中にうまく自分の居場所をみいだせなかったりした方達が、どうにもならない心の隙間を市販薬を使って埋めている、というふうにも見えます。

ここから見えてくるのは、いわゆる「ヤンチャな子」たちがハイになりたくて好奇心から薬を使っているというよりは、家庭や学校でさまざまな問題を抱えてしんどい子たちが、しんどさを紛らわせるために薬を使っているケースが多々ある、ということ。

言い方が難しいけれど、これまで違法薬物に手を出すヤンチャな子たちというのは、そもそもソーシャルスキルが高い場合が多かった。先輩や友達との付き合いの中でいろんな交渉をして薬を入手するんです。

でも、市販薬を使う子の中にはひとりぼっちで悩んで、ひとりぼっちでドラッグストアに行くという子も多い。「生きづらさ」の種類や程度が、ちょっとこれまでと違うということがうかがえます。 


前編では、若者の市販薬乱用の根底にある社会の状況や、若者の薬物依存における近年の変化について伺いました。引き続き後編では、大人や支援者に求められることを松本先生に伺っていきます,

お話を聞いた人: 松本 俊彦さん 

精神科医。国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 薬物依存研究部 部長。1993年佐賀医科大学卒。横浜市立大学医学部附属病院精神科、国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所司法精神医学研究部、同研究所自殺予防総合対策センターなどを経て、2015年より現職。近著に『誰がために医師はいる――クスリとヒトの現代論』(みすず書房、2021年)、『世界一やさしい依存症入門 やめられないのは誰かのせい?』(河出書房新社、2021年)

聞き手・執筆:清藤千秋・南麻理江(株式会社湯気)/編集:熊井かおり

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